ヤマシロ国妖異譚

妖怪のいる世界の小説かく

ヤマシロ国妖異譚

妖怪のいる世界の小説

寄常ちゃんのお仕事①

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「キツネちゃん!お母さんお買い物行ってくるから!」

「はーい!」

カランという下駄の音とともに玄関先から声をかけられ奥からひょっこり顔を出した茜色の羽織の少女は比良坂 寄常(ヒラサカ キツネ)18歳。高等学院を卒業して半年、職業は今のところ家事手伝いである。

独自の文化と外来の文化が入り混じる”ヤマシロ国”

その首都である”リンドウ”の下町にあるお面職人の家の子だ。

代々お面を作っている家系であり、父で19代目。

寄常の兄が20代目となるがあまり器用ではなく、まだまだ修行中の身。

祖父のお茶請け話の欠片を組み合わせるとお面を天皇家に献上しているらしいのだが、毎日せっせとこさえなければならないほど、お面が必要な事情が寄常にはわからなかった。

祖父も父も「俺たちは業者に渡すだけだから理由なんてわからん」と言うだけで、謎は深まるばかり。

以前、工房に入って件のお面を見せてもらったことがあるが、全体が黒くのっぺりとした面白みのないものだったと記憶している。

コロコロコロ

遠くで管鈴(かんりん)の音がした。

食器を洗う手を止め、ちゃぶ台に置いていた管鈴を覗き込む。

管鈴はここ15年ほどで発達した通信技術のひとつだ。

手のひら大の竹筒に妖怪”管狐”が宿っていて、それを高速でやり取りすることにより遠くにいる人と会話をすることができる。

郵便の仕事を妖怪にさせることによって実現した技術ということである。

世間では妖怪も労働をしている。知性のある大妖怪と呼ばれるモノは会社を立ち上げ、菅鈴の通信料も管狐の派遣会社に払うことになっている。

管鈴の通知は友人のミチからのようだ。

 

件名:お願いします!

本文:ごめん!また掃除手伝ってくれない?トウジのやつ研究の為だからって何でもかんでも持って帰って広げたまま放置してる上に、自炊しないから弁当殻とかの数がヤバいの!ゴミ屋敷なの!!!私1ヶ月くらい実家に戻ってて、その間に論文作成期間に入ったらしくて!

 

悲痛な叫びが聞こえてくるような文章だ。

ミチは高等学院時代の文化祭で出会った研究学院生と交際している。

彼、トウジはどうやら研究に没頭するとソレ以外何もしなくなるらしく、放っておくと浮浪者のようになる。

 

件名:依頼ありがとう

本文:トウジさん一応食事はするようになったんだね。前は食べずにずっと研究してたみたいだからすごい進歩だよ!ミチの努力の成果だね!日時を教えてくれたら行くよー。

 

依頼。

通知は友人からで「お手伝い」という書き方をされているが、これは寄常にとって立派な依頼である。

8か月前、ミチがトウジと付き合い始めた頃「大掃除を手伝ってくれ」という通知がきた。

少しでも人手が必要だというので“夕飯を奢る”という条件で了承し、電車に乗って“セイラン研究学院都市”まで出向いた。結局都合がついたのは寄常ひとりだけだったらしく、駅前で合流したミチに平謝りされ、人生で初めて周りに白い目で見られるという体験をした。

彼の住まいは研究学院が借りている物件の3階の5戸あるうちのちょうど真ん中の部屋。

ゴム底の下駄を鳴らして登った階段の先にはヒヤリとした空気の廊下が伸びていた。

休日ではあるが、住人の大半が現地調査などで外出しているか部屋に引きこもって論文を漁っているかなので人気があまり感じられない。

いかにも薄そうな白い壁が無機質な雰囲気をより一層際立たせているように思う。

部屋の前まで行くと廊下に面している窓からゴミが積まれているのが見えた。

窓の向こう側から張り付いて見える茶封筒の模様に見覚えがあった。これは奨学金制度の書類送付に使われるものだ。寄常とは違い大学院に進学したミチがため息とともにその封筒を睨みつけていたのを覚えている。

それにしても、と寄常は鼻をスンとならした。

ゴミ屋敷だと言われて意気込んでいたが異臭などがない。

後に聞いた話だが、両隣に住んでいる学院生も窓から見える惨状は気持ち悪いが、とくに匂いもしないし虫が飛んできたりすることもないのでトウジに「掃除しろ」と注意はしても引っ越す等ということは考えてなかったと言っていたらしい。

もしやと思いミチに「彼は食事をしているのか」と聞くと、失礼な、とでも言いたそうにいぶかしげな顔をした。かと思えばそのまま考え込むように動きを止め、次の瞬間には部屋の呼び鈴を連打していた。

扉の奥から「カギは開いている」という声が聞こえてホッとしたのも束の間、勢いよく開けるとどこからか本が数冊落ちてきた。足の踏み場もないほどの書類や本。壁だと思っていたものも本。学院の図書館をひっくり返してもこうはならないだろう。

衝撃の開幕に肝を冷やしていた寄常をよそにミチは下駄を履いたままズカズカと室内に上がり込み、骨のような体になっても黙々と筆を握り続ける彼を引きずり出した。

子供向けの科学雑誌に描かれていた宇宙人のようだと寄常は思った。顎が細くなってしまって頭が大きく見える。唯一の違いはいつから剃っていないのか、まばらに生えた無精ひげだけだろう。

銀縁メガネの奥にある目玉をキョロキョロさせている彼にミチがお金だけを持たせて食堂へ追いやった頃、ようやっと寄常は居間へと続く廊下の中央でハマって動けなくなった足を引き抜くことに成功した。

「居ても邪魔になるだけだろうしね」と呆れた表情のミチが足元に転がっていた缶を拾いながら言った。

 

それからミチは時間をかけて彼に食事を摂る習慣をつけたようだ。

定期的な掃除もミチが頑張っていた。どうやらトウジは元々片づけることが苦手な人だったようだ。

「育成遊戯(ゲーム)をしているみたいだわ」と言うミチの苦笑いを見たのは3月程前のことだっただろうか。

その間に寄常は「あのゴミ屋敷を一瞬にして消した女学生」という噂によって学院側に雇われ、不定期ではあるが掃除の仕事を受けることになった。

祖母の知恵袋を織り交ぜた会話に付き合うことによって手に入れた掃除術のお陰でゴミ屋敷の掃除は半日ほどで終わったのだが、その激変ぶりを見た調査帰りの隣人が感動のあまり至る所で大袈裟に話したらしい。

その噂はどんどん尾ひれが付けられ学院内の学生課にも広がり、どうやって調べたのかセイランからのぼり電車で4駅先のリンドウにある高等学院の学生であった寄常に直接打診があったのだ。

とはいえアレほどのゴミ屋敷掃除はその時以来で、セイラン大学院付属校(義務学院、高等学院、大学院、研究学院)からの依頼の大抵は「彼女が来るから綺麗にしたい」や「寮を退所するから手伝って」などの個人的な依頼だった。

学生から学生課に掃除の依頼申請をし、その中から真っ当な理由のものを厳選し、学生課から寄常に連絡をするという流れになっているのだとミチに聞いたが、あまり”厳選”されているようには思えなかった。

稀に調査に同行して周辺の草刈りや伐採をするという依頼もあったが、基本的に身体を動かすことも掃除も好きだったので楽しく依頼をこなしていた。

直接学院に雇われての仕事であるため依頼料が発生し、それが結構な額になる。

「職業は?」と聞かれると、まだ「家事手伝いです」としか答えられない程度の不定期かつ不安定な収入だが、もう少し手を広げてみて本業にするのも悪くないかもと思っている。

最近は屋号を何にしようかと妄想していた。

 

送信者:ミチ

本文:土曜の朝からとかでも大丈夫?いけそうなら学院に連絡つけとくけど。

 

送信者:寄常

本文:大丈夫!今週の土曜日の9時くらいに着くようにするよ!連絡お願いしますm(_ _)m

 

送信者:ミチ

本文:了解!

 

通知のやり取りを終えた管鈴の管狐が得意げな顔で寄常にすり寄ってきた。褒美の金平糖をねだっているのだ。

通信会社に料金を払っているから別口であげる必要はないのだが、彼らも生き物だ。楽しみの1つくらいは欲しいだろう。

硝子戸の食器棚にしまってある小瓶を取り出して二粒を管狐に渡し、一粒を自分の口に放り込む。

管狐はコリコリと数回かじって満足すると残りを大事に抱えて竹筒の中へと戻っていった。

「さて!」

寄常は気合いを入れて立ち上がった。

今日は木曜日。今日明日で大掃除の準備をしておかなければ。

1か月間のゴミということだが、ゴミ引き取りの業者の手配は必要だろうか。

必要事項を頭のなかで並べ立てながら食器洗いに戻った。