ヤマシロ国妖異譚

妖怪のいる世界の小説かく

ヤマシロ国妖異譚

妖怪のいる世界の小説

寄常ちゃんのお仕事⑤

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翌週、寄常は特急列車に乗って高山の村エンガに来ていた。

「これも、あれも返さなきゃいけないのよね」と次々と一覧表に載っている書籍を寄常に渡してきた座敷童は名前をキミというらしい。妖怪になる前の、親からもらった名前だ。

キミは本当に本を読むことが好きなようだ。トウジの部屋にいる理由も、もともと住んでいた現在は誰もいない屋敷の蔵書を読んでいたところに知らない男が家宅侵入 ーキミは”家宅侵入”を強調したー をし、キミごと本をセイランに持って帰ったからだとか。しかしトウジはその知らない男とは違う人物だと言った。トウジの部屋にあった書籍を片っ端から読んだが、自分の住んでいた村に繋がるようなことを研究しているようではないことが分かったからだそうだ。セイランに着いてから何らかの経緯でキミが憑いていた本をトウジが手にしたということになる。

「私、居眠りしていて気付かなかったの。本当よ?だから家までの帰り道も分からなくて」

いつか帰ることができる日を待ちながら暇つぶしに本を読んでいた、と図書館に向かう荷車の上で自分の憑いていた本を抱きしめているキミは言った。

一覧表に載っていた書籍はキミのおかげですぐに集まった。家中を埋め尽くす量の書籍のすべてを読みつくしたと豪語しているだけのことはある。実は部屋を荒らしていたのはキミではないのかと問うと今度は部屋の壁に沿うように積みあげられた一面の本が崩れた。

あと1時間で閉館する図書館で司書に書籍の過不足がないか確認をお願いすると、暫くかかると思うので館内でお待ちくださいと言われた。「数冊」と言われていたが、結局大きな荷車の半分を占める量になった。時間がかかるのは当然だ。

普段、雑誌以外に本を読まない寄常はどこで時間をつぶせばいいのか分からなかったが、受付の近くに”世界の地図”というコーナーが設けられているのを見つけた。そうだ、位置関係は分からなくても自分がいた村の名前くらいはわかるだろう。目を輝かせてキョロキョロしているわりには”待て”をされている犬のように律儀にその場を動かないキミの手を引いた。

「ほら、あんたがいた村ってどこ?今すぐには無理だけど行けそうな場所なら送るよ」

「ほんとうに?あの、エンガっていう村よ。一年の半分は雪で埋もれているくらい寒いの」

引っ張り出してきた大きな地図のまったく見当はずれの場所を見てキミがはしゃぐ。地図の見方はわからないらしい。その声に”書庫”という看板が立てられている扉から出てきた赤髪の男が近づいて来た。流石にうるさかったかと寄常はキミの頭を押さえつけ謝ると、そうじゃないと男は首を振った。

「エンガ村と聞こえてね。僕は今度そこへ引っ越すことになっているんだ」

話を聞くとどうやら彼は研究学院の卒業生で、後輩に貸した古い書籍がなかなか返って来ず、もしやと思い図書館に寄ったところだったそうだ。その古い書籍は引っ越し先であるエンガ村の古民家に置いてあったものだという。

翌日図書館は丸一日休館になった。地震もないのに図書館内の半分近くの本棚から書籍が飛び出したからだ。

 

列車は山の麓の街で終点となり、あとは徒歩しか手段がない。まだまだ暑い時期に長時間歩くなんてリンドウ育ちの寄常には考えられなかったが、北の山中にあるエンガ村は涼しく、物珍しい風景を楽しんでいる間に積み上げられた岩と丸太で作られた大きな門の前までついた。門の左右から延びる白樺製の壁は山を背に存在する村の前面を囲うように建っていてその奥には櫓がある。それらはすべて夜行性の妖怪から村人を守るための物なのだという。

寄常は先日の赤髪の男ーキイチから掃除の依頼をされた。現場は引っ越し先の古民家、キミの屋敷だ。キミが読み耽っていた書籍をキイチが持ち出した時点の屋敷は埃っぽいだけで特に問題は見受けられなかったのだが、次に訪れると物が増えている。それが何度も、大量に。しかし誰かが勝手に住み着いているという話はエンガ村の役場には上がっていないようだった。キミに「知ってた?」と聞くと首を横に振った。

土地や建物の所有権はすでにキイチのものとなっている。増え続ける大量の不要物を片付けてしまえばすぐに引っ越せるという段階になっていたらしい。座敷童付きの物件であると役場の方には伝わっていないようで、これにもキミは首を振った。

「すまない。まさか座敷童がついていたとは知らず、勝手に本を持ち出してしまった」キイチは小柄な体をさらに縮こまらせてキミに謝った。

「いいえ、姿を消したまま眠ってしまっていた私も不用心だったわ」とキミも流石にしょんぼりとしていた。

大の大人と就学前程の見た目の少女が互いにペコペコと頭を下げあう姿を思い出しながら寄常はまず役場に向かった。田舎特有の感覚で、その屋敷は管理されているとはとても言えない状態にあり、入り口に鍵もついていなかったところを不法投棄が続くためキイチが急遽南京錠で施錠し、その鍵を役場に預けてあるのだそうだ。

「ヤハシキイチさんからの依頼で」

山に埋め込まれているような形に設計された役場の入口正面にある受付で寄常がそれだけ言うと、職員であろう女性はハキハキとした大きめの声で「伺っております!ヒラサカ様ですね?」と屋敷の鍵と手描きの地図を渡してくれた。役場からさらに坂道を上り、瓦屋根の家を何件か過ぎた道の奥に分厚い茅葺屋根が乗っかった古い家があった。一体何十年、何百年経っている家なんだろうか。屋根の重みに耐えている木製の壁は風化しかけているような見た目になっている。伸び放題の垣根の周りをぐるりと歩くと隙間に太い鎖があるのを見つけた。これがキイチがつけたという南京錠だろう。貰った鍵を手探りで鍵穴に差し込み、ズシャ、と重い音を立てて解かれた鎖を敷地内に引きずりいれた。